現代のビジネス環境は、企業の成長と進化における重要な手段として、M&A(Mergers and Acquisitions、合併・買収)の役割を再認識しています。企業は製品のライフサイクルが短縮し、競争が激化する中で、M&Aによって新市場を開拓し、技術や知識を獲得し、そして自身の競争力を強化することが期待されています。
これらのダイナミックな要素が重なる中、適切なM&Aの取り組みは企業の存続と成功において決定的な要素となります。
本稿では、M&Aのプロセスにおける3つのフェーズで行われる一連の手順を詳細に解説します。
特に、買い手側の視点からこのプロセスを見ることで、M&Aにおける各ステップの重要性と実行方法について理解を深めることができます。
M&Aの定義
M&Aとは、企業の合併(Mergers)や買収(Acquisitions)を指す用語であり、Mergers and Acquisitionsの略称です。これは、2つ以上の企業が統合することで1つの新しい企業を形成する合併(Mergers)や、1つの企業が他の企業を買収することで事業を拡大する買収(Acquisitions)を指します。
M&Aは企業の成長戦略や市場競争において重要な手段とされており、さまざまな理由で実施されます。以下は一般的なM&Aの目的や利点です:
- 成長戦略:他の企業を買収することで市場シェアを拡大し、新しい顧客層にアプローチするなど、成長を目指す戦略として利用されます。
- 市場進出:新しい地域や業界に進出するために、既存の企業を買収することがあります。
- シナジー効果:合併・買収により、両社の強みを組み合わせてシナジー効果を生み出すことが期待されます。
- 技術・知識の獲得:他社の特許や技術を取得し、自社の競争力を強化するために行われる場合もあります。
- 企業価値の向上:M&Aにより企業の価値が向上することで、株主や投資家への利益を増大させることが狙いとされます。
ただし、統合の難しさや文化の違い、合併・買収の過程での経営上の課題などから、M&Aにはリスクも伴います。そのため、成功するためには十分な専門知識と計画的なアプローチが必要とされます。企業はM&Aを実施する際には、経験豊富なアドバイザーや専門家の支援を受けることが一般的です。
オリジネーションとエグゼキューションの違い
M&Aの業務フェーズを2つに分けるときは、オリジネーションとエグゼキューションにわけるときがあります。
オリジネーション (Origination)
オリジネーションは、M&Aの取引の初期段階で行われる活動を指します。
この段階では、取引の機会を探し出すこと、つまり新しいM&Aの機会を「生み出す」ことが主な目的となります。
企業が他の企業を買収する意向がある場合、オリジネーション活動を通じて、適切なターゲット企業を見つけることが求められます。
また、自社を売却する意向がある場合、オリジネーション活動を通じて、適切な買収先を探すことが目的となります。
エグゼキューション (Execution)
エグゼキューションは、オリジネーションで見つけたM&Aの機会を実際に実行する段階を指します。
この段階では、具体的な取引の詳細を詰める作業が行われます。これには、価格交渉、契約の作成、デューデリジェンス(事前調査)などのプロセスが含まれます。
エグゼキューションの段階での活動は、取引が成功するための重要なステップであり、多くの専門家(例:FA、弁護士、会計士、不動産鑑定士など)が関与することが一般的です。
要するに、オリジネーションはM&Aの「機会を見つける」段階、エグゼキューションはその機会を「実現する」段階と言えます。
M&Aの手順・流れ
M&Aを3つのフェーズに分けるときは、1.プレM&Aフェーズ、2.実行フェーズ、3.ポストM&Aフェーズに分けられることが多いです。これらを細分化すると、そのままM&Aの手順となります。
1.プレM&Aフェーズ
(1) M&A戦略策定
(2) 対象企業の選定
2.実行フェーズ
(1) フィナンシャル・アドバイザーの選定
(2) ターゲット企業へのアプローチと初期分析
① ターゲット企業へのアプローチ
② 初期分析とインフォメーションメモランダム(IM)
③ 企業価値や事業価値の算定
(3) 買収スキーム策定と交渉
(4) 基本合意(LOI、MOU)
(5) デューディリジェンス(DD)
(6) 最終合意・契約
(7) クロージング・買収完了
3.ポストM&Aフェーズ
(1) 統合準備
(2) 経営統合(100日プラン策定)
(3) PMI(Post-Merger Integration)
Ⅰ.プレM&Aフェーズ
1.M&A戦略策定
M&Aの成功の第一歩は、明確な目的と目標の設定から始まります。
このフェーズでは、企業は自社のビジネス戦略、市場環境、競合他社の動向、技術トレンドなどを考慮し、M&Aによって何を達成しようとしているのかを具体化します。
目標は事業の拡大、新たな市場への進出、技術・知識の獲得、競争力の強化など、多岐に渡ります。
さらに、企業は買収対象となる企業の特性(例えば、規模、業界、地域など)を定義します。
これは、M&Aの成功がその対象の選択に大きく依存するため、非常に重要なステップです。
この段階で策定されるM&A戦略は、後のプロセス全体の指針となります。
この段階は「オリジネーション(Origination )」と呼ばれることがあります。
2.対象企業の選定
M&Aのプロセスにおける対象企業の選定は非常に重要であり、事前の戦略策定に基づき、最適な買収対象を見極めることが求められます。この段階からFAと業務委託契約を締結するケースも多いです。
- 潜在的な買収対象のリストアップ 一旦戦略が策定された後、可能性のある買収対象企業のリストアップが行われます。この段階では、市場調査や業界レポートを利用してリストを作成します。
- 具体的な企業の選定 買収を検討する企業のビジネスモデル、市場地位、財務状況、技術能力、組織文化などの多くの要因を詳細に評価します。ここで重要なのは、買収の目的とこれらの要因とのマッチングです。
- 外部からの持ち込み案件 他の企業やM&A仲介業者から提案される買収案件も存在します。この場合、売主からの簡単な情報提供が「Teaser」として行われることが多いです。
タッピング: セルサイドアドバイザーなどからの買主候補への非公式なアプローチを指します。これは買主候補の対象企業への興味度合を探るために行われます。
Teaser(ティーザー): 対象企業に関する基本的な情報を記載した文書で、企業名や詳細なデータを除外した概要情報を提供するものです。数ページのものが多い。
ノンネーム: Teaserと同様に特定の企業名を伏せて、基本的な情報だけが記された資料のことを指します。1枚もの。また、企業名を伏せることを「ノンネーム」ということもあります。
ネームクリア: ノンネームでの打診があった譲渡対象企業の企業名が、買い手候補企業に開示されることをいいます。
事前の戦略とのマッチングに基づき、買収対象が自社の目標をどれほど満たしてくれるのかを評価します。これは財務面だけでなく、戦略的な観点からも行われます。
選定過程は十分な情報収集と分析に基づく必要があります。このため、適切な情報源やツール、場合によっては外部の専門家の意見も取り入れることが推奨されます。
これらのステップを経て、最終的な買収対象が選定され、次のフェーズへと進むこととなります。
Ⅱ.実行フェーズ
このフェーズは「エグゼキューション(Execution)」と呼ばれることがあります。エグゼキューションは、計画の実施、執行、実行などを訳されます。
1.フィナンシャルアドバイザーの選定
M&Aプロセスには専門知識と経験が求められるため、多くの企業はフィナンシャルアドバイザーを選定します。フィナンシャルアドバイザー(FA)とは、主にM&Aの取引において、買収対象の企業価値の算出、買収計画の立案、資金調達方法の提案など、財務に関する専門的なアドバイスを提供する専門家のことを指します。
フィナンシャルアドバイザーの種類
フィナンシャルアドバイザーは主に投資銀行を中心としていますが、会計事務所や独立系のアドバイザリー会社も存在します。
- 投資銀行:一般的に大手の投資銀行は、企業のM&Aや資金調達といった大規模な取引に対するアドバイスを提供します。彼らは幅広い業界知識と大規模なネットワークを有しています。資金調達も担えることが特徴です。
- 会計コンサルティングファーム:一部の会計事務所はフィナンシャルアドバイザリーサービスを提供しており、企業価値評価やデューデリジェンスに関する深い専門知識を有しています。PMI(Post-Merger Integration)が得意です。
- 独立系のアドバイザリー会社:特定の業界や取引規模に特化したサービスを提供します。中小企業向けのM&Aアドバイスや特定の業界に特化したサービスを提供することが多いです。
FA会社の例
- 投資銀行:
ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、JPモルガン、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、クレディ・スイス、バークレイズ、UBS、ドイツ銀行、野村証券など - 会計事務所:
PwC、デロイト、EY、KPMG、BDO、Grant Thornton、RSM、Protiviti、Baker Tillyなど - 独立系のアドバイザリー会社:
Lazard、Rothschild & Co、Evercore、Moelis & Company、Centerview Partners、Greenhill & Co.、Perella Weinberg Partners、PJT Partners、Houlihan Lokey、Duff & Phelpsなど
フィナンシャルアドバイザーの意義
フィナンシャルアドバイザーは企業の財務戦略を立案し、最適な決定を下すための情報とアドバイスを提供します。また、彼らは広範なネットワークを持つため、新たな投資機会やパートナーシップの発掘、取引の交渉や実行を支援することができます。
フィナンシャルアドバイザーの報酬
フィナンシャルアドバイザーの報酬は、主に取引の規模や複雑さ、必要な時間、取引が成功した場合の成功報酬(Success fee)などに基づいて決定されます。
一般的には、事前のアドバイザリーフィーと成功時のフィー(成功報酬)の組み合わせがよく見られます。成功報酬は、取引が成功した場合のみ支払われ、その額は取引価格に対する一定のパーセンテージで決まることが多いです。
2.ターゲット企業へのアプローチと初期分析
ターゲット企業へのアプローチと初期分析は、M&Aプロセスの重要な一環であり、次のようなステップが含まれます。
ターゲット企業へのアプローチ
最初に、M&Aの対象となる可能性のある企業の「ロングリスト」を作成します。このリストは数十から数百の企業を含むことがあり、この段階では潜在的なターゲットの幅広い範囲をカバーします。
ロングリスト作成後、それぞれの企業について詳細な調査と分析を行い、その結果を基により狭い範囲の「ショートリスト」を作成します。ショートリストには、特定の要件や目的に最も適した企業が選ばれます。
初期分析とインフォメーションメモランダム(IM)
初期分析では、ショートリストに含まれる企業の財務状況、業績、市場環境、競争状況などを詳細に調査します。これにより、それぞれの企業が買収目的にどの程度適しているかを判断します。
インフォメーションメモランダム(IM)は、販売する企業が潜在的な買収者に対して提供する情報のまとめです。
これは企業の業績、財務状況、業界状況、成長戦略など、企業を理解するための重要な情報を詳細に記載したドキュメントで、購入を検討する企業が詳細なデューデリジェンスを進める前に、ターゲット企業を評価するための主要な資料となります。
これらのプロセスを通じて、買収を進めるべき最適なターゲットを選び、その企業に対する適切な評価と戦略を立てることができます。
企業価値や事業価値の算定
対象となる企業価値や事業価値を初期的に評価します。
主な評価方法には、DCF法(Discounted Cash Flow method)とマルチプル法などがあります。
DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)は企業価値を算定する方法の一つで、将来にわたる企業のキャッシュフローを現在価値に換算する手法です。その算定は以下のようなステップに分けられます。
a. 予測期間のキャッシュフローの計算:まず、企業の未来のキャッシュフローを予測します。通常、予測期間は5~10年で、予測期間中の運営収益や運営費用を予測し、資本的支出なども考慮します。
b. ターミナルバリュー(復帰価格)の計算:予測期間満了後の企業価値を計算します。これは予測期間満了時に対象企業を売却することを想定した際の価値です。
c. ディスカウントレート(割引率)の計算:予測期間中のキャッシュフローやターミナルバリューをそれぞれ現在価値に換算するためのディスカウントレート(DR)を計算します。ディスカウントレート(DR)はリスクを反映するためのもので、一般にはWACC(加重平均資本コスト)が用いられます。
d. 現在価値の計算:ディスカウントレート(DR)を用いて、将来のキャッシュフロー及び復帰価格の現在価値を計算します。
マルチプル法は、重要指標の倍率をもって企業価値を算出する方法です。マルチプル(倍率)は類似企業の財務資料を分析して求めます。
3.買収スキーム策定と交渉
買収スキームは、その手法や形式によって大きく異なる特徴と法的影響を持ちます。以下に、主要な買収スキームの種類とそれぞれの定義・特徴について説明します。
株式の取得
a. 既存株式の取得:これは最も直接的な方法で、買収者がターゲット企業の株主から株式を直接買い取ります。これにより、買収者はターゲット企業のオーナーシップを獲得します。
b. 第三者割当増資:ターゲット企業が新たに発行する株式を買収者が引き受ける方法です。これにより、買収者はターゲット企業の新規株主となります。
c. 株式交換:買収者が自身の株式をターゲット企業の株主に交換する形で株式を取得する方法です。これにより、ターゲット企業の株主は買収者企業の株主となります。
d. 株式交付:買収者が自社株式を新たに発行または既存株式を提供し、それを対価としてターゲット企業の株式を取得します。
e. 共同株式移転:複数の企業が新たに設立する合同会社に各自の株式を移転する方法です。
特定事業の取得
a. 現物出資:買収者が自身の資産を対価としてターゲット企業に出資し、それによって株式を取得する方法です。
b. 事業譲受:ターゲット企業が一部または全部の事業を買収者に移転します。これにより、買収者は特定の事業を直接獲得します。
c. 会社分割:ターゲット企業が一部または全部の事業を新たに設立する子会社に移転し、その子会社の全株式または一部を買収者に譲渡する方法です。
d. 合併:買収者とターゲット企業が一つの企業に合併します。これにより、双方の企業資産と事業が一つに統合されます。
これらの方法は各々異なる法的、会計的、税務的な影響を持ちますので、具体的な買収計画を立てる際には専門的な法律、会計、税務の助言が必要となるでしょう。
交渉の際には公平な価格を設定すること、明確な買収目的と戦略を持つこと、関係者全員が納得できるような合意に至ることが重要です。また、競合他社に対する戦略やターゲット企業の状況に応じて、買収のタイミングや進行速度も考慮する必要があります。
4.基本合意(LOI、MOU)
基本合意(LOI:Letter of Intent、MOU:Memorandum of Understanding)は、買収や合併等の取引における買収者と売却者間の合意の基本的な条件を非公式に示す文書です。これらの文書は通常、法的拘束力を持つ契約へと進む前段階の意図を明確にするために使用されます。
以下に、基本合意の主要な要素とそれぞれの重要性について詳述します。
必要記載事項
- 取引の概要:取引の概要と形態(株式買収、事業譲受、合併等)を明示します。
- 価格と価格決定方法:取引価格とその決定方法、価格調整の条件等を記載します。
- クロージング条件:クロージング(最終的な取引の成立)に至るための条件を具体的に記述します。これには通常、規制当局の承認、資金調達、従業員の移行等が含まれます。
- 優先的交渉権について:売却者が他の可能な買収者との交渉を一時停止することを保証する条項(排他条項)を含みます。
- 期限と終了:基本合意の有効期限と終了条件を定めます。
重要事項
基本合意の文書には、売却者と買収者の間でのさまざまな問題に対する初期の対応策が含まれます。
例えば、買収対象の財務状況、業績予想、買収後の組織体制や従業員の扱い等についての初期の合意が含まれることがあります。
失敗例
基本合意の文書が適切に作成されていない場合、交渉が破綻する可能性があります。
例えば、価格決定方法やクロージング条件が明確に記載されていない場合、交渉の後期段階で新たな問題が発生し、交渉が遅れる、あるいは破綻する可能性があります。
また、基本合意の文書が法的拘束力を持つかどうかについては、各国の法律や文書内の表現によります。そのため、適切な法的助言を受けることが非常に重要となります。
5.デューディリジェンス(DD)
デューデリジェンス(Due Diligence、DD)は、企業の買収や投資の前に行われる詳細な調査のことで、その結果に基づいて取引価格の見直しや取引条件の修正が行われることもあります。
プロセスによる分類
- NDA締結後の初期DD:NDA(非開示契約)を締結後、対象企業の大枠の情報を集め、事業の基本的な理解を深めます。この段階では、大きな問題がないかをざっとチェックする目的があります。
- LOI締結後の詳細DD:LOI(Letter of Intent:意向書)を締結後、対象企業の詳細なデータを調査します。財務状況、法務状況、ビジネスの展望、技術力、人材、IT環境など、多角的に対象企業を分析します。
- 最終段階のクロージングDD:取引の最終的なクロージング前に行う調査です。詳細DDからクロージングまでの期間に変化がなかったかを確認します。
売買当事者による分類
- セルサイドDD:売却側が自社の強みや弱みを明らかにし、購入者に対する情報開示を行う調査です。
- バイサイドDD:買収側が対象企業の詳細な調査を行うことで、リスクを評価し、投資判断を行います。
調査領域による分類
- 財務DD:対象企業の財務状況、会計方針、収益性、キャッシュフロー、財務リスク、税務リスクなどを調査します。
- 法務DD:対象企業の法的問題、契約関連の問題、訴訟リスクなどを調査します。取引を阻害する事項、取引の対価に影響を与える事項、取引条件で対処すべき事項、取引完了後の円滑な事業運営に役立つ事項を明らかにします。
- ビジネスDD:対象企業の事業戦略、業界環境、競合状況、製品・サービスの優位性、将来的なビジネス展望などを分析します。
- 人事DD:対象企業の人事制度、労働組合の状況、キーパーソンの存在など、人的資源についての調査を行います。
- IT DD:対象企業のITシステムの現状、IT資産の評価、システムの更新計画などを確認します。
- 環境DD:環境問題(土壌汚染、大気汚染、水質汚染など)や有害物質(PCB、アスベスト等)の調査を行います。
- 不動産DD:地域の動向、不動産の所有権及びその他の権利の確認、法令調査、建物の状況調査、建物の遵法性調査、地震リスク調査、価値など、不動産を調査します。不動産鑑定評価書やエンジニアリングレポート(ER)を取得するケースが多いです。
デューデリジェンスは事業価値を正確に把握し、適切な投資判断を下すために必要なプロセスであり、その調査結果は買収価格や取引条件、事後の経営戦略に大きく影響を及ぼします。
6.最終合意・契約(SPA等)
最終合意・契約段階はM&A取引の中で最も重要な部分であり、ここで詳細な契約が締結されます。
この段階に至るまでには数ヶ月から数年の時間を要し、ここで決まる内容が企業価値の最終的な評価、取引の条項、リスク管理等に大きく影響します。
契約書の種類は以下のようなものがあります:
- 株式売買契約書(SPA:Share Purchase Agreement):これは株式を売買する場合に用いられ、買収対象企業の株式が売り手から買い手へ移転することを規定します。
- 資産売買契約書(APA:Asset Purchase Agreement):これは企業の資産を売買する場合に用いられ、具体的にどの資産がどの条件で売買されるのかを規定します。
- 合併契約書(MA:Merger Agreement):2つの企業が合併する際に用いられ、合併後の新しい企業の形態や組織体制、役員構成などを規定します。
契約では以下のような内容が合意されます:
- 売買価格:これはM&A取引の中心的な要素であり、どのように価格が決定され、どのように支払われるかが詳細に記載されます。
- 表明保証(Representation & Warranty):これは売り手が買い手に対して買収対象企業の現状について保証する条項で、通常、企業の法的・財務的状況、事業運営、労働環境、環境問題など多岐にわたります。
- 契約違反時の賠償等:契約の違反があった場合の賠償やその他の解決手段が規定されます。
- 閉鎖後の業務運営:買収後の企業運営に関して、売り手が一定期間非競争義務を負うなどの条項が含まれることもあります。
これらの契約書は法的に強い拘束力を持ち、契約違反に対しては法的な救済手段を求めることができます。したがって、契約内容を十分に理解し、自社のリスクを管理するために適切な条項を設けることが重要です。
そのため、通常、専門的な法律知識を持つ法務担当者や外部の法律顧問が契約作成や交渉に関与します。
7.クロージング・買収完了
クロージングとは、M&Aの契約が成立し、売買契約が完全に締結され、買収が正式に完了する段階を指します。具体的には、契約書に署名され、一定の条件(例えば、規制当局の承認や売買対象の株主総会の承認等)が満たされた時点で、取引はクロージング(終結)し、買収対象の所有権が移転します。
通常、最終契約(契約書の署名)からクロージングまでの期間は数週間から数ヶ月となりますが、これは取引の規模や複雑さ、必要な規制承認の有無等により変動します。
また、一部の取引では、特定の条件が満たされるまでクロージングを延期する「条件付きクロージング」が採用されることもあります。
特に大規模な取引や公開会社の買収の場合、株主総会での承認が必要となることが多く、株主総会の開催や意思決定のプロセスもクロージングまでの期間に影響を及ぼします。
クロージング後に実施される活動を「ポストクロージング」、クロージング前を「プレクロージング」と呼びます。
Ⅲ.ポストM&Aフェーズ
M&A取引が完了した後の段階はポストM&Aフェーズと呼ばれ、以下のようなステップが一般的に含まれます。
1.統合準備
クロージングが完了した後、通常3~6ヶ月の期間で実行計画(ランディング・プラン)が策定されます。
これは、買収対象企業との統合の方法を具体的に計画する段階で、組織の構造や運営の仕方、経済的な要素、文化の違いなど、幅広い観点から統合の方法を検討します。
これにより、統合プロセスが円滑に進むように準備をします。
2.経営統合(100日プラン策定)
クロージング後の約3ヶ月間で策定される被買収企業の中長期経営計画を「100日プラン」と呼びます。このプランでは、具体的な目標やKPI(重要業績評価指標)、アクションプラン、リソース配分などが定義されます。
また、組織の文化や構造、人材育成、製品やサービスの開発、市場戦略など、経営全般にわたる要素を含むことが一般的です。
さらに、このプランは全社員に広く共有され、統合の方向性やビジョンを理解し、共有するための重要なツールとなります。
3.PMI(Post-Merger Integration)
買収完了後又は買収完了前から、被買収企業の統合作業(PMI)が始まります。
PMIは、買収によって得られるシナジーを最大化するための重要なフェーズです。
このフェーズでは、人事・組織、業務プロセス、システムの統合などを行います。
人事・組織の統合では、職務内容、組織構造、報酬体系などを見直し、最適な人事配置を行います。業務プロセスの統合では、両社の業務フローを整理し、効率化や業務の改善を図ります。
システムの統合では、ITシステムを統合し、情報共有や業務効率化を図ります。
統合プロセスは買収の目的や取引の規模、両社の文化などによって異なり、複雑な課題を含むことが多いため、経験豊富なアドバイザーやコンサルタントの支援を得ることが一般的です。統合の成功は、取引価値を実現し、長期的な成長を達成するために重要です。
今回は以上となります。
最後までお読みくださいましてありがとうございました。